スポニチの吉永みち子氏のコラムから見えるマスコミという違和感の件

コンバンワたま男です
今晩はスポニチの吉永みち子氏という老人の
連載コラムから見える
マスコミという違和感の件



「職業によって差別をしてはならない」
というのはどんな思想をお持ちの勢力でも
よく言うフレーズだけど

現実には社会はそんなに優しくはないし
そのようなフレーズは
それで儲けるための下地つくりの為の標語にすぎない


大衆がいくら支持する歌手や芸能人でも
その表現に意味がある事にして
河原のおもらいさんがお茶碗に小銭を入れてもらうように
恵んでもらわないと
おまんまは食えない

農業や漁業や畜産
「生産者」になれない人達は
そうやって環境を作って儲けていくしかない


そんな中
まるで「労働したら負け」の貴族のような
知識階級()の職業と言えば

コラムニストやエッセイスト

という類の方々だ


・・・とか言うと
条件反射のように反論する方もいるだろうが
議論する気は無いので
ここではそういう事にしてくれ



スポニチというスポーツ新聞に

吉永みち子氏(1950年生まれ)という老人の

ノンフィクション作家でエッセイストで
テレビのコメンテーターで
男女共同参画運動にも参加してる
連載コラムがある


このコラムは近年の
いわゆる「反日」や「ブサヨ」や「マスゴミ」と言った
おもにネットで使用される用語の
「カウンター」として興味深いサンプルになるので
たまに楽しく読んでいる


何かしらの体制や勢力がある時
そこにいわゆる「カウンターカルチャー」というのが発生するものだけど

今まで
「マスコミ」や「日教組」や「労働組合」といった
体制を監視する側だとしてた勢力が
「第四の権力」を目指してそこに安住にしてるので

そこにカウンターをくらわすのが
「ネット」の役割になってきた


昔ながらのマスコミは
そのカウンターに対処できなくて
いまにいたるわけだけど

マスコミ御用達の有識者やコラムニストや学者など
いわゆる知識人は
それでもそのネットに対抗しようとしてる

それは
文化や歴史や人権を守る為というより

老人が自らの「老い」に抗ってる姿だ




そんなわけで
吉永みち子氏の1月25日のスポニチのコラムが
「異常」と言っていいほど滑稽なのでスキャンした


題名は

「人命第一」と「断固戦う」は言行不一致

(画像をクリックすると拡大します)


画像



まず出だしから既に違和感がある

アルジェリアのテロで亡くなった方々の
氏名公表の件だが

「やはり名前は被害者の尊厳の象徴であり生きた証でもある」

ん?このフレーズどっかで見なかったか?


数日前にツイッター等で批判・非難されていた

朝日新聞社の
「実名を報じることで人としての尊厳や存在感が伝わり報道に真実性を担保する重要な手がかりになる」


このフレーズだ
他にも毎日新聞などでも同じような姿勢だ


つまりこのコラムは
吉永みち子氏の「援護射撃」なのだ
スポーツ紙の一連載
その小さな壇上でも
信じて疑わない従属した勢力の為に声を上げる必死さ
お見事である


そして以降は
安倍総裁への個人的な好き嫌いでの批判だと
バレバレの文章が続く

ここで福田赳夫元首相を出すセンス
水戸黄門の印籠レベルである



私がこのコラムに一番違和感があるのは
テロの被害者やそのご家族に対する想い
それがまるで感じられない点だ

言葉では語っているが
主張したい事に被害者を「利用」しているのが
構成ですぐバレてる

そこに
人間的に嫌悪する






まとめ:

そして毎日新聞にはこんな社説が26日にあった

社説:テロ犠牲者10人 「名前」が訴えかける力→コチラ